キジ猫世間噺大系

一人暮らしで猫を飼った男の末路

しりとりでエッセイを書いていくPart1 【しりとり】

この記事をシェアする

スポンサーリンク

中島らもをご存知だろうか?

wikiには、兵庫県尼崎市出身の小説家、劇作家、随筆家、広告プランナー、放送作家、ラジオパーソナリティ、ミュージシャンとある。多彩な才能で各方面で活躍した人物で、私生活でもアウトローを地で行っていた人である。もう亡くなっているが、アル中だし薬中だし、めちゃくちゃな私生活を送ったこの人は日本のサブカルの走りだと思う。たくさん本も出しているが、文章を書く時は必ずキメていたという。何と、酒を飲み始めてアル中と診断されてから禁酒するまでの18年間、ほぼシラフの時はなかったという嘘か本当か分からない話だが、たぶん本当だろう。僕はこの人のエッセイを好んで読んでいるのだが、めちゃくちゃな生き方に裏付けられた文章を読むと、僕ってずっとまともな人間だな、、と思う。

 

この人のエッセイに、『しりとりえっせい』なる文庫がある。「しりとり」から始まる単語で延々エッセイを繋いでいくのだが、全105篇のエッセイがめちゃくちゃ面白い。どんな生き方したらこんな文章書けるんだ、と思うくらいテーマが幅広い。そう、僕は中島らもに憧れているのだ。

f:id:kiichangazie:20160903194845j:plain

 

と、いうわけで僕もらもさんに倣い、しりとりエッセイを始めようと思う。ちなみにPV数や読者様の評価は度外視。完全に好きなことを好きな様に書き殴ります。こんなコラムがあってもいいと思う。では『しりとり』から始めていきます。

 

『しりとり』

しりとりで思い出すのは、小学生の時の遠足である。10月にみんなで近くの山にピクニックに行くのだが、基本的に道中は気の合うクラスの仲間と歩くことになる。ちなみに登る山は毎年同じ山である。田舎とはそういうものだ。小学五年生の時の遠足では、4月に熊本から転校してきたY君と一緒に登っていた。Y君は柳葉敏郎をそっくり子供にしたような見た目をしており、家が近所だったこともあって転校後すぐに意気投合していた。

そんなY君はシャイでカッコつけであった。当時のY君は早すぎた中二病を患っており、何かを頼んだら、「断る」とか大人でも使わないような返答をしていたし、徳川歴代将軍を全部言える特技を駆使していて僕らはY君に一目置いていた。また、Y君とは仲がよかったが、当時今一歩お互いに踏み込めない壁が存在していたのも事実である。そのような関係値の中、僕らは遠足の途中でしりとりを始めた。

しりとりは序盤は順調に進んでいた。そして、特に面白くもないしりとりは小学生の語彙の少なさも手伝い、すぐにネタ切れとなった。特に、「ち」から続く言葉がもう枯れていた。そう、「ち○○」系統を除いては。「ち○○」を解禁すれば、「ち○○」も「ち○○○」も「ち○○」も複数のワードが解禁され、一気に戦局を有利に転じさせることができる。僕はこのカッコつけのY君の牙城を崩すべく、猛攻に出た。自分のターンで「ち」が終わるように調整を始めたのである。

 モルモット → とんかつ → 土

 ビール → 瑠璃色の砂時計 → イタチ  といった具合である。

Y君はよく粘り、なかなかこのワードを言わなかった。しかし、その苦渋に満ちた表情はもう後がないことを物語っていた。ちなみにジャブとして「う○こ」は先に言わせることに成功していた。Y君の美学において、「う○こ」は特段秘匿すべきワードではなかったということだろう。そしてその時が来た。

 たぬき → キーパー → パンチ →

Y君は負けた。「ち○○」と発声したのだ。そしてその声は蚊の鳴くように小さな声だった。Y君のプライドが瓦解した瞬間であった。その時僕は得も言えぬ達成感を感じたことを覚えている。僕にとってのカタルシスの原体験であった。

その後、Y君のキャラは崩壊し、散々僕らにイジられるポジションになった。そしてそれは20年後の今に至っている。先日久しぶりにY君に会ったが、キメ台詞の「断る」は健在であった。たまには東京にも遊びにおいで。

 

以上が第1回目のしりとりエッセイとなります。今後は気が向いた時に「り」から続く言葉を更新しようと思います。もしリクエストがあればそのワードで書きますのでコメントください。