キジ猫世間噺大系

一人暮らしで猫を飼った男の末路

ドラマ版『深夜特急』のすすめ。海外一人旅に恋をしてしまったらもう戻れない

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とんでもないものを見つけてしまった。深夜特急がYoutubeに全編上がっている。危険な兆候。一人旅への恋心に火がつくと、これはもう、手に負えない。改めて感じた深夜特急の魅力について語らせてください。 

深夜特急、学生の頃めちゃめちゃ憧れたよね

バックパッカーのバイブルとも呼ばれ、多くの若者を海外一人旅に送り出した沢木耕太郎の伝説的自叙伝『深夜特急』。600万部もの売り上げを誇る大ベストセラーです。本作のドラマ版は若き大沢たかおが好演しており、僕が大学生当時、皆が皆この作品を見てバイトで稼いだ少ない金を持ってアジア各国へ飛び立っていきました。かくいう僕も例外ではなく、学生らしく、インド一人旅という当時の僕にしては結構大胆な決断に至った。20歳の夏のことでした。 

あらすじ

インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行く――。ある日そう思い立った26歳の〈私〉は、仕事をすべて投げ出して旅に出た。途中立ち寄った香港では、街の熱気に酔い痴れて、思わぬ長居をしてしまう。マカオでは「大小(タイスウ)」というサイコロ賭博に魅せられ、あわや……。一年以上にわたるユーラシア放浪が、いま始まった。いざ、遠路2万キロ彼方のロンドンへ!

ちなみに、メガバンク(富士銀行)入行日の当日、雨が降っていたからという理由で信号待ちで踵を返しそのまま辞めた沢木耕太郎はロックと言う他ない。

ドラマ版『劇的紀行 深夜特急』 とは

名古屋テレビ開局35周年記念番組として企画され、ドキュメンタリーとドラマを複合させるという試みで、1996年から1998年にかけて一年毎に制作・放映されました。

原作と同じくドラマ版も、インドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで一人旅をするという基本設定は変わらない。主人公沢木耕太郎が下記行程を一人で辿る旅行記です。 

行程
香港-マカオ-バンコク-マレーシア-シンガポール-カルカッタ-ブッダガヤ-バナラシ-デリー-カーブル-テヘラン-アンカラ-イスタンブール-ギリシャ-イタリア-スペイン-ポルトガル-パリ-ロンドン

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この行程の内、デリー以降が全て乗り合いバスでの移動になるわけですね。ドラマ版主人公の当初の旅の予算は100万円だった模様。 

なお、原作とドラマ版で時代設定が下記の通り異なります。

原作 1970年代前半
ドラマ版 1996年~1998年

原作もドラマも、今と比較するとかなり社会情勢が異なっていてとっても興味深い。ドラマ版ですらもう20年も前の作品なので今とは随分異なっています。例えば、ドラマ版は1997年に香港での撮影を行っており、当時はまだ香港はイギリス領だった。アフガンも普通に行けてるし。当時の各国の経済や交通事情を残した貴重な作品である点も見逃せないです。

前置きはこの辺にして、以下、僕が感じた本ドラマの魅力を語ります。 

戦いの中で成長していく主人公

このドラマの最大の魅力は、一人旅を通じて主人公が見るからに成長していくところです。

「言葉を一つ覚える旅、乗り物に一つ乗れるようになる度、僕はまた一つ自由になれた気がした」

「インド人の中に入って野宿したことで、僕はまたひとつ自分が自由になれたような気がした」

旅の経験を経るうちに、初めは頼りない兄ちゃんだった大沢たかおがどんどん変わっていく。英語も値切りもうまくなっていき、顔つきも大人びてくるから不思議です。

ろくにお茶すら注文できなかったたかおちゃんが、

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こうなる。

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旅をしていると、別れが辛くなるほどの素敵な出会いがある反面、パキスタンでは警察に捕まりそうになったり、密度の濃いイベントが次々と起こるのですが、そりゃあ逞しくもなるわなって感じです。

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※映画がつまらないから映画館を出たところ、爆弾を仕掛けたと誤解されるの図

現地に住む人達のリアルな描写

今も昔も変わらないと思うのですが、バックパッカーは必ず現地の人に絡まれ、主人公もたくさんの人と出会い、交流を深めます。

やっぱりカネが絡む話が多く、ボッたくられたり娼婦を勧められたり、とてもリアルで、男が一人途上国へ行った日には間違いなく主人公と同じ経験をするでしょう。

それで主人公もタカられるシーンがめっちゃあるんですが、これ、どうやって撮ったのだろうか。現地の人を掴まえて「いつものようにタカってください」とお願いしたのだろうか。

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香港では、日本人と分かった瞬間無視を決め込む老婆がいたり、現地の人の日本人差別もちゃんと描写している。やっぱりこのドラマはリアルだ。

原作ではカルカッタの安宿で、ハシシ廃人になり日がな一日ハンモックでゴロゴロしている隣人が出てきますが、ドラマ版ではいなかった。さすがにジャンキーの描写はキツいものがあったのだろうか。そう言えば、20年程前の地球の歩き方インド版を読んだことがあるが、大麻を薦める記事が2ページに渡って掲載されており驚いたことがある。現地の文化を理解するために是非やってみよう!みたいな。その記事は10年後ダメ・ゼッタイに変わっていた。

バナラシのモケ

大沢たかおがインドのバナラシでモケという物売りの少年と出会い、交流を深めますが、10年前に僕自身がバナラシに行った時、「モケの店に連れて行ってやる」と声をかけてきたオッサンがたくさんいた。モケは深夜特急への出演料をきっかけに身を立て、経営者になったとのことだったが、偽モケがたくさんいるように思われました。

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 砂漠に歩き出す老人

そしてこれが最も印象に残っているシーン。

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 おもむろに乗り合いバスを降り、砂漠の彼方へ老人が歩き出す。

「あの老人の家は一体どこにあるのだろう」

井上陽水の主題歌『積荷のない船』がこのシーンに完全にマッチしていて旅情を掻き立てる。何故か胸が熱くなり、泣きそうになるのです。

〽積荷もなく行くあの船は 海に沈む途中
 巷に住む人々に 深い夜を想わせて
 間に合えば 夏の夜の最後に
 遅れたら 昨日までの思い出に・・・

長旅を経て辿りつく境地はあるのか

「旅がもし人生に似ているのなら、僕の旅は青年のように何を経験しても新鮮で心震わせていた時期は既に終わっているのかもしれない。その代わり、老人が昔を思い出すように辿ってきた土地の記憶だけが鮮明になっていく」

後半、主人公はこのような内省をしますが、希望に満ちた青年が酸いも甘いも噛み分けた大人の男へ成長していくような、そんな変化が起こります。一人の男の成長の物語として、人生を重ね合せて魅入ってしまうのです。

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飛光よ 飛光よ 汝に一杯の酒を勧めん

僕もいつか海にウイスキーを飲ませてみたい。

旅に出る年齢はいつが良いか

沢木耕太郎が旅に出たのは26歳の時。この26歳という年齢が、旅に出るには最適であると原作のあとがきに記していたのが強烈な印象を残しています。ある程度分別がつくほどには大人であり、まだまだ外部の刺激に対して多感に反応できるのが26歳。

僕はもう26歳を過ぎてしまったけど、旅はその時の年齢に応じた様々な楽しみ方があるというのが今の感想です。26歳の時には分からなかったことがこれから見えてくるのも楽しいですよね。

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おわりに

いくつになっても新しい経験、新しい刺激を追い求めていきたいと、深夜特急を見て感じました。また旅に出たい。人をいても立ってもいられなくする、そんな作品です。