キジ猫世間噺大系

一人暮らしで猫を飼った男の末路

14年ぶりにリネージュ廃人Aさんに会った話

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大学寮の先輩であったAさんと、実に14年ぶりに会った。

 

Aさんはかなり独特な人物であり、僕が18歳で入寮した当時5回生であった。〇回生というのは関西特有の表現方法である。5回生は単なる留年者であり、本来であれば1回生の僕らがお目にかかれる存在ではない。18歳だった僕からしてみればある種仙人的な雰囲気をまとっており、大学生活の酸いも甘いも経験しつくした人物として下回生からは畏怖の目で見られていた。時に、暇な大学生達がこぞって武勇伝を作ろうと無茶をしたがった当時にあって、単位が取れなかった責任を取り(これはなぜかAさんの先輩の寮生に対する責任である)、坊主のついでに眉毛を落としたAさんは相当な豪の者であった。

 

Aさんは「リネージュ2」というオンラインゲームにのめり込むあまり、リネージュ留年というおよそ人に胸を張って話せない留年の仕方をしていた。ゴミ溜めのような六畳一間の息苦しい程タバコ臭い個人部屋で入寮以来敷きっぱなしと思われる布団に横たわり、寝ながら操作できるように設計されたレイアウトでパソコンを操作し、甘ったるい午後の紅茶を片手に一日中リネージュをやっていたのだった。

 

さらにはAさんは同期の寮生と2人で協力してリネージュのキャラを育て、片方が寝るときは片方がキャラを動かすという2交代制により24時間キャラが動き続ける体制を整え、リネージュ界の「伝説の白魔導士」と称えられる存在となっていた。僕はリネージュというゲームのことを何も知らないが、これはかなりスゴイことらしかった。「ハッチ」というキャラ名は数十万人のリネージュ廃人界隈でも有名だったらしい。

 

「人生のモラトリアム」と言えば聞こえはいいが、Aさんと同じく昼夜逆転で無産の日々を送っていた僕はたびたび深夜の食堂でAさんと討論した。討論テーマは寮食の不味さ、HUNTER×HUNTERの展開予想、風俗では指名をするべきかどうか、生死について等、多岐に渡った。HUNTER×HUNTERの展開予想では、グリードアイランド編の展開を全て読んでいたとドヤ顔するAさんのハッタリを暴こうとかなり粘ったが、結局は達者な早口で論破され二の句が継げなくなるのだった。厭世的な気配をはらんだ深夜の馬鹿話は東の空が白んできたあたりでぞろぞろとお開きとなった。

 

年も押しつまったある寒い夜に、シラフで「俺は別に今死んでもいい。そこにあるハサミで俺のことを刺してみろ。俺は抵抗もしないし恨みもしない」といつもの早口で言った。我々は(この人さすがにビョーキだわ・・・)とヤバみを感じながらもAさんのロックとも取れる謎のスタンスに恐れをなしていた。

 

そんなAさんは卒業後、山陰地方で営業職をやっていたが、今年から川崎で働いており、またすぐに山陰へ帰ることになったと耳にした。Aさんがマトモな社会人となっていることも驚きで、川崎にいたことも知らなかったが、会えなくなると分かると途端に会ってみたくなるのが人情である。

 

R氏の中古ボルボで川崎の某駅に行くと喫煙所の近くにAさんがいた。14年前と全く変わっていない丸っこいフォルムに安心した。タバコを吸いながら片足を組んで原付を飛ばすAさんがフラッシュバックした。車に乗り込むとAさんは14年前の僕の渾名で呼んできた。「キャシー」である。このようなシチュエーションでとみに思うのは、やはり人間は本質的に何も変わらないということである。お互い社会人となってはいるけども、僕らの会話は当時の寮での会話と全く変わらない。恐らく死ぬまで変わらないのだろう。

 

僕らはAさんはきっと社会人になって丸くなってしまったのだろうと決め込んでいた。当時尖っていた多くの寮生は、社会人になり荒波にもまれる内にその角をそぎ落とし、川原の石のようにツルンとした形となった。Aさんもきっと丸石になってしまったに違いない、そう決めつけていた我々は実に浅はかだった。

 

Aさんは当時にも増して破滅的な生き方をしていたのだ。40がらみに差し掛かりつつも独身を貫き、営業職で稼いだ金は全て飲みと風俗と競馬につぎ込み、貯金0を豪語するAさんのナイフエッジは健在だった。特筆すべきはその金払いのよさだ。結婚祝いだと言って豪快に飯を奢るAさんは、先日も会社の後輩にキャバクラを奢り会計が20万を超えたとのことだった。なんでもそのキャバクラではドンペリタワーならぬスピリタスタワーをやって、全部飲み干したとのことだった。スピリタスとは火をつけると燃えるアルコール度数96度の劇薬である。大学生当時から酒は強かったが、今では無尽蔵に飲めるようになったそうだ。

 

「酒は飲むと強くなる」などとと言いながら寮でむちゃくちゃに飲んでいた僕らも、社会人となり後先考えずに飲むことは少なくなったが、Aさんはずっとその飲み方を継続していた。嬢の靴に注いだ酒をイッキしたとのたまうAさんは、柔和な顔つきの奥に14年前と同じドロップアウトの狂気をはらんでいた。肝臓の数値は少し悪くなってきているらしく、「お前らの方が結婚は早かったけど、死ぬのは俺が一番早いからな」と言ってのけるAさんの平成最後の年越しの場所は川崎の箱ヘルだったそうだ。

 

Aさんの発言はどこまでも首尾一貫していた。

「結婚なんてしたら月3万の小遣いになってタバコ代も作れなくなる」

「タバコを吸ったら瞬間的に集中力が高まる」

このご時勢に一日2箱以上のパーラメントを消費するAさんは言った。その言葉は大学時代、深夜に聞いた言葉そのもので僕は奇妙な感慨を覚えた。

 

その日、スーパー銭湯に行った帰りに川崎のアパートまでAさんを送った。興味本位で「部屋見ていいですか」と聞いたところ、意外にもあっさり承諾してくれた。部屋に入るとゴミ溜めのような部屋に見覚えのある置き時計、ジャージ、PCモニターなどがあり大変に驚いた。実に14年前のリネージュ部屋から全く変わっていないのである。だがそんなことあるだろうか。14年の月日は、生まれた子供が邪気眼を発動するレベルである。

 

理由を問いただしたところ、それらは全て人から譲り受けたモノとのことだった。僕はその時初めて合点がいった。Aさんの不思議な魅力はまさしく「義理堅さ」から来ているものだったのだ。金がない時に呼ばれた結婚式には借金して出たり、得意先の担当者にお歳暮を忘れずに贈ったり、スピリタスタワーを奢ったり、後輩には決して酒の強要をしなかったり。そしてそれらは決して見返りを求めていないということが分かるのだ。

 

今回の異動に伴い、Aさんは社内・外を問わず、たくさんの贈り物をもらったらしい。そしてその全てをゴミ溜めの中に大事にしまい込みこれからも歩んでいくのである。僕はAさんのことを社会不適合者だと断じていた自分を恥じた。Aさんは間違いなく僕らが見過ごしてきた何かに学生時分から気づいていたのである。

 

世の女性は年収やらイケメンやら言う前に、Aさんのような男をこそ旦那に選ぶべきだと思ったが、当のAさんが結婚願望が一切ないので詮無いことだろう。

 

次に会うのは10年後かね、などと言いながら別れ際に14年前と同じく成人向けDVDをいただいた。そのAVもAさんが人からもらったモノだが、AVに限っては人にあげていいようだ。2007年製のDVDパッケージの裏で微笑むストパー細眉の女優だけが僕らに月日の流れを知らしめていた。