先日、地下鉄構内で呪怨君になりました。
序
それは平日のとある朝のことでした。家を出る時に下っ腹にかすかに感じた違和感を無視することってあるじゃないですか。なんか腹痛い気がするけど遅刻するまでもないかな、みたいな。なによりトイレに入っても現時点は何の成果も得られないから仕事行くしかないな、みたいな。
なんせ僕ときたら新入社員への説明に狩り出された時も「遅刻はするもんじゃない」と力説している男ですので、腹痛ごときで遅刻するなどまさに厚顔無恥というもので、何なら「這ってでも行く」を信条としている者なのであります。トイレ行ってて遅刻しました、なんてことがあろうもんなら恥を知れですよ。そんなもんは体調管理がなってないからで、日頃の体調管理を怠るなんて言語道断!小学校から出直しな!ですよ。
そんな私が電車内でいきなり腹痛をもよおしたらどうなるか。呪怨君になる。今日はそんな話です。
破
かくして優雅な徒歩15分を経て駅についた私は一抹の不安をよそに満員電車に飛び乗りました。車内中ほどの座席前に陣取りしっかりと吊革を掴む。片手にはスマホだ。多くの人がそうしているように私もまた通勤ラッシュの風景に溶け込み慌しいひと時を過ごしていた。
はじめはよかったんです。そう、はじめは。会社の最寄駅まで7駅あるんですが、3駅くらいまでは余裕しゃくしゃくで、何ならスマートニュースをチェックする余裕すらありました。
ほう、かの国がまた核実験をするなんて一体どうゆうつもり?男女問題はいつも面倒だ。などと言いながら高尚な人間然とした想いでスマホのページをめくっていました。
奴もまだ本気を出してはいない。この調子なら会社について体操と朝礼を終えてからでもまだ間に合う。なめやがって、こちとらキャリア30年ぞ!と息巻いておりましたが、下っ腹のあたりで奴が囁くのです。「ほほう、なかなか骨のあるやつだ。ならこれならどうだ!」とは言ってませんが来るときは一気に来るのですね。下り龍です!!
急
突如訪れるビッグウェーブに身を硬直させる他なく、複数の時事ネタを漂っていた思考はある一点のみに集約されていく。「今すぐぶちかましたい」
突如として便意に完全に支配されてしまった脳は次なる思考を促す。始まったのはリスク検討だ。混濁しつつある意識の中で導き出したリスクの多寡は下記の通りであった。
車内で漏らす > ホームで漏らす > 駅のトイレに行って遅刻する
トイレに行ったらおよそ始業時刻には間に合うまい。私は後輩に偉そうな口を叩いた反面、始業5分前に着くようにしかスケジューリングしていなかったのである。
何かを得るには何かを手放さなければならないのは世の常で、今回はそれが遅刻だっただけの話だ。車内で漏らすなんてモラルとしてやば過ぎる。きっと満員電車にも関わらず私の周囲は半径1メートル程の円ができ、ハンター×ハンターで言うところのノブナガ的な感じで車内は「円に入ったら斬られる」とばかりに戦慄するだろう。問題はどこの駅で降りるか。降りてもトイレの個室が満員だったら万事休すだ。
そうこう考え、次の停車駅で降りようとした刹那、便意の波が収まっていることに気づいた。喉元過ぎれば熱さを忘れるなんて昔の人はうまいこと言ったもんだ。収まって10秒で、なんだ余裕じゃん、こんなもん会社行って体操して朝礼してもまだお釣りが来るわなどと考え始めるわけですから人間とはかくも業の深き生き物です。
かくして千載一遇のチャンスを逃した私はお察しの通り再び地獄を見るハメになる。
腹痛には波がある、そんな常識を忘れるほどにまで正常な判断ができなくなったのだろうか。再びやってきた大波は先刻とは全く異質なレベルだった。
自然とひざが折れ、吊革で何とか身体を支えるが前かがみになった目線の先の、太る前にメガネ買いましたとばかりにコメカミにメガネが食い込んでいるオッサンも怪訝な表情で見返してきます。というか汗の量がヤバい。私普段全く汗をかかないのですが、みぞおちと背中に汗が伝い、顔はベッタベタの脂汗が瞬時にして浮くのを感じました。なんなら視界もブラックアウトしそうな感じで黒いもやがかかる。夏だというのに手足は氷のように冷たい。
次の駅についてホームに降りてトイレを探して座るまで後6分くらいはかかりそうだ。とても間に合いそうにない。神様お願いします、1万円払いますので。いや、5万円くらいは払いますので、せめて車内だけでも持たせてくれーーー。
運命とは皮肉なもので、こんなタイミングで電車が一時停車するなどということが実際に起こるのだから、私はどれだけ日頃の行いが悪いのだろうか。車内アナウンスが流れる。「停止信号です。しばらく停車します。」はぁ?!もうほんと日頃から疑問だったのですが、何で地下鉄内に信号があるんですか?ダイヤ組んでたら信号とか普通いらなくね?神様教えてください。
思うに朝の満員電車には腹痛に耐えてる人が50人に1人くらいはおり、地震発生なんかで1時間も閉じ込められた日にゃ、1車両あたり2人は漏らすに違いない。これはフェルミ推定である。
かくして、悠久とも思える5分間で数回もうだめだと諦めかけましたが、首の皮一枚で何とか持ちこたえようやく電車は次の駅に到着しました。後はなりふり構わずトイレに向かうだけ。普段であれば私は紳士ですので「すみません、降ります」と周囲に一声かけながらゆっくりと下車するのですが、この時ばかりは一言も声を発さず、何なら人を押しのけて我先に脱出しました。さぞ嫌な顔をされたに違いない。人にはそれぞれやむにやまれぬ事情があるのでもっとみんな人に優しくなるべきだ。私含めて。
幸いなことにその駅のホームは人がまばらで、トイレまでほぼ直線、最短距離で行けそうでした。ギクシャクした足取りでホームを進みます。走るわけにもいかない。変に刺激を与えたらおわりだ。落ち着いて、慌てず、着実に向かうんだ。
その時でした。会社の後輩Kと遭遇したのは。Kはその駅が自宅の最寄でまさに今電車に乗らんと欲すというタイミングで私と対面した。
「おはようございます、顔が呪怨君みたに白いですが大丈夫ですか?」
顔面蒼白の私を見て、Kは言った。
「ああ、大丈夫」
私はそうこたえ、先を急いだ。
全く大丈夫じゃないのですが、大丈夫ですか?と聞かれると、ほぼ全ての日本人は「大丈夫」とこたえると思う。哀しいことだ。
するとKが、「ついていきましょうか?」と本気で心配してくれている。冗談じゃない、ついて来られてもトイレで強烈な爆音を聞かせるだけでお互いWin-Winの関係にはならないだろう。就活の時も企業の人に言われました。「嘘ついて就活しててもそれは企業、学生、お互いにとって不幸ですよ」それと一緒である。
私は好意だけをありがたく受け取り、昔のメロドラマよろしく振り返ることなく頭の横でヒラヒラと手を振った。というか振り返る余裕がなかった。
これでトイレが空いてなければおわりだ。その時はもう漏らそう。羞恥死すら辞さない、そのくらいの覚悟はできていた。その後のことはそれから考えればいい、こんなに辛い思いをしたのだ、その時は自分で自分を許せるはずだ。命運は天のみぞ知る、である。
かくして奇跡的にトイレにたどり着いたわけですが、ほんと神様に感謝したい。なんと個室が空いていたのである。それも多目的トイレだ!このときの安堵は筆舌に尽くしがたい。躊躇なく「開」ボタンを押す。歩いてきたときにすでにベルトは外してある。既にぜん動運動は始まっている。不随意筋の働きだから意志の力では絶対に止められない。後は1アクションだ。私は扉が完全に閉まるのを待つことなく、ついぞその時を迎えたのであった。
終えてしまえばあっけないもので、体中に血液が巡るのを感じ、安堵の一息をつく。5万円払うから助けてくれと神に祈った自分がバカらしくなる。身勝手だがそういうものだ。腹痛の原因は正確には特定できない。それは何の前触れもなく襲ってくるからやはり備えは必要です。ドンストップ下痢便なのだ。
ストッパ下痢止めEXは効くのだろうか
幸いにもあれ以来呪怨君になったことはないが、ストッパ下痢止めEXを買うべきかどうか悩んでいる。いや買えよ、と言われるかもしれないが、今腹が痛くないので買う気が起こらないというどうしようもないクズ野郎でございます。先日車で移動中にちょっと腹痛くなって、その時同席していたドンストップ下痢便の妹がストッパ持ってたので水無し一錠試してみましたが、飲んでものの1分で腹痛は和らぎ、波が収まるのを感じました。なんて最高の商品なんだろう、そう思いましたがいくらなんでも即効性がありすぎですのでネットのレビューを見たらば10分でも効かないとか。私の場合は間違いなくプラシーボ効果でしょうね。
しかしながら、プラシーボでも何でも効けばしめたものなので、下痢エントリも書いたことだしこれから買いに行こうと思います。