キジ猫世間噺大系

一人暮らしで猫を飼った男の末路

西中島南方『鰻家』の関西風うなぎが至高過ぎて写真撮影禁止が残念でならない

この記事をシェアする

後輩であり、若くして食い道楽のダーマツ先生が大阪に転勤になったということで連休を利用して遊びに行ったんですが、連れて行ってもらった鰻屋が筆舌に尽くしがたい旨さでビビりあげました。

それはもう、僕の中で長く君臨していた小田原の「友栄」を超える衝撃の旨さで、ウナギ解体ショーを間近で見れる楽しさも相まって暫定一位の称号を与えることにしました。これはもう大したもんですよ。

小田原の「うなぎ亭 友栄」待ち時間システムがクソ過ぎてもう二度と行かねぇ!でも味が忘れられねぇ - キジ猫世間噺大系

鰻家に労なく入る

まずですね、この「鰻家」という店、西中島南方(にしなかじまみなみがた)というクソ長ぇ駅の近くにあるんですが普段は常時長蛇の列でなかなか食えないらしいのです。でも事前に電話してみたら「ウナギ残ってますよ」ということだったんでダーマツ先生の社用車ぶっ飛ばしてさ、サンドリの「ぺけみにまとめ」をBGMに、ダーマツ暴言ドライヴで店に着いたんですよ。

f:id:kiichangazie:20181010214116j:image

そうしたら12時台だというのに誰一人並んでないというね。もうダーマツ先生「今日やってないの!?」ってテンパっちゃってアワアワやってたら、店員さん出てきて「どうぞー」てなもんで、呆気なく店内に通されたのでした。

何という僥倖。普段の行いが良いとは到底言えないダーマツ先生と僕にとって、何ならさっきまでこち亀の本田バリに運転中に周囲の車や歩行者に暴言吐き散らしてたダーマツ先生にとって、奇跡のような瞬間でした。その日は平日でお互いに仕事休んでたことも功を奏して「ノータイム鰻家」という前人未到の所業に神も仏もあったもんじゃねぇ、と逆に思いました。

店内の様子、メニュー

店内に入ると和食屋の重厚なインテリアの中カウンター席が10席ばかり。大将と店員さんの二人だけで切り盛りする厨房は、真剣な二人の表情からか緊張が漲ってましたが、気の抜けた有線放送が絶妙な緩和をもたらし、適度なそしてささやかなプレッシャーとして我々の背筋を正しました。

席に座ると「撮影、投稿はご遠慮ください」という立て札が目に入り、ここぞとばかりにミラーレス一眼を首にかけていた僕は興を削がれました。こだわり過ぎる店は悪い意味でヤベェ、というのは世の常なので、少しだけ警戒しました。

そんでメニューを見ると「並 3,670円」「上 4,860円」「特上 5,940円」のうな重のラインナップ。「上」にはう巻が、「特上」にはさらにうざくが付き、ウナギの大きさも変わるという。ダーマツ先生曰く「う巻とうざくは普通で、ウナギのデカさは大して変わりません」とのことだったので今回は「並」を注文。ちなみにご飯大盛りは無料。ここからウナギをいけすから出して捌くんですが、全行程余すことなくカウンター越しに見れるのが最高のエンターテイメントなんです。

腹を割って話そうやないか

まずいけすから取り出されたウナギは電光石火の速さで目を突かれ腹を割かれます。あ、関東では背から割きます。江戸では侍が多いから切腹を想起させることを嫌ったとかなんとか。大坂では商人の「腹を割って話す」という意味が好まれたとかなんとか。

それで中骨と内臓をツルンと抜かれていっちょ上がり。抜かれた骨はまだ生きてるように動く。後でYouTubeでウナギの捌き方をいくつか見たけれど、ここほど速いものはなかった。一匹あたり10秒くらいじゃなかろうか。

串打ちの妙

5匹ばかり捌いたら次は串打ち。これがもう尋常じゃないくらい速くて正確。全く迷いがない手つきが実に鮮やか。関西だから鉄串なんですけど、いとも簡単に5匹の連なりが出来る。あんなに薄いウナギの身に正確に串を通す凄ワザ。やはり自信があってこそのオープン厨房だということなのだろうか。写真や動画でお見せできないことが残念でならない。ウナギの技術の習得にあたっては「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」という格言がありますが、個人的には串打ちが一番難しいんじゃなかろうかと感じた。

焼きの極み

その後焼きの工程へ。ここでまた凄いものを目にしたんです。炭火の上へくべられたウナギはみるみるうちに縮んでいき、まだ生きてるかのように動きます。自らが出す脂で増す火力。そこで大将の念能力「神の左手悪魔の右手」の発動ですよ。ウナギ焼いてるかと思えば光の速さで卵焼き作りましたからね。絶妙な火加減が要求されるウナギと卵焼きを一度に作るというマルチタスクの極みは一朝一夕ではありません。そんでその卵焼きが絵の具みたいに鮮やかな黄色でうまそうなんです。こりゃ並にして失敗したかな、と感じましたよね。う巻も絶対うまい。

そして提供

そして身が一通り焼けたら、長年のウナギの旨味が凝縮されたタレのプールの上でシャワーを浴びるのです。ワーシャービーアーなんです。動物性の脂と濃厚な醤油が混ざる香りは強烈に鼻腔を抜け、誰もが期待とともに確信する。都合2回のタレシャワーの後、その濃厚なタレでねっとりと光る長身は手際よく等分に分断され、阿吽の呼吸で店員さんにお重に盛られたご飯の上にライドオンするのです。関西風のため「蒸し」の工程はありません。

綺麗に重に収まったウナちゃんは10秒後には開けられるにも関わらずご丁寧に蓋をされ、カウンターに提供された。さっきまで見ていたウナギそのものなのだが玉手箱を開ける要領でそっとオープンし立ち昇る湯気を前に呟く「鰻のアロマテラピーや…」

はじめての直焼き関西風

精力的なエネルギーを思わすその芳香を堪能した後、整然と並ぶ短冊状の部位の中で最も運動量が多く身が引き締まった尾の部分のみをご飯なしでいただく。一口。揚げられたのかと錯覚するほどのザクザクなクリスピー食感に目を丸くする。これぞ焼き一本勝負の関西風だ。余談だが、関東風は関西に多く出回っているが、関西風は関西圏以外にほとんど出回らないという。よって、これを食すには関西に赴くしかないというレア感も相まって、愛でるように、そして時に慈しむように咀嚼した。

一気呵成に食わなきゃうまくない

ここからは一気呵成である。「酒のほそ道」で有名な、親父向けグルメ漫画の雄 ラズウェル細木の名著「う -u-」において、ウナギをこよなく愛する主人公 椒太郎の親父も「説教は一旦ここで終わりだ。ウナギは一気呵成に食わなきゃうまくないからな」という名言を残している。ゆっくり味わって食べたい気持ちをグッと我慢しつつ、一気呵成に平らげることの粋よ。

限界まで火を入れたウナギは、尾の方はザクザクな食感だが、身の真ん中の方は表面はパリッと中はしっとりで「蒸し」を入れた関東風とは全く異なる食感。そもそも「蒸し」の工程はいらなかったんじゃないかと思うほどに完成度の高い蒲焼は、絶妙な加水で炊き上げられたご飯と融合し、さらなる高みへと我々を誘う。身には甘めでいて粘度の低い上質なタレが充分にかかっており、ご飯にはほとんどタレがかかってないにも関わらずカウンターの追加タレは必要ないほど。粉山椒を振りかけ、味にさらなる芳香を付与する。「幸せですわ…」とダーマツ先生の言葉が漏れる。

脇を固める肝吸も、肝自体に下味がついており濃厚な味わいと優しい口当たりの出汁が上品なアンサンブルを繰り広げている。

気持ちがリセットされます

村上龍曰く、女の気持ちの切替えは早い。別れ話のために高級寿司屋に女と入ったら、女は別れたくないと号泣してたにも関わらず、上質なウニの軍艦を口にした途端さっきまでの号泣が嘘のように「なにこれ美味しい!」と目を輝かせたそうな。ゲンキンなまでの女の振る舞いに逞しさを感じたというエピソードだが、上質なウニじゃなくとも、女じゃなくとも、ここのウナギは懸案を払拭するほどのポテンシャルに満ちており、我々オッサンですら一瞬にして気持ちが切り替わるのを感じたのです。

おわりに

レジのところに職人見習い募集の張り紙があり「18歳〜30歳位まで」の人材を募集してました。もう対象年齢から外れてしまったことに一抹の寂しさを覚え鰻家を後にしました。帰路に聴く「ぺけみにまとめ」は心なしか毒が和らいでいるように感じました。