キジ猫世間噺大系

一人暮らしで猫を飼った男の末路

30歳の僕がグッときた田中角栄の名言とぶっ飛びエピソードをまとめてみた

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僕は大学では政治系の学部を専攻していましたが、大学に行かずに寮でうんこ製造機として自堕落な日々を送っていたゆえ、講義の記憶が私の頭の中の消しゴム?ていうくらい全然ありません。

で、今角栄が大ブームじゃないですか。本屋行ったらもう角栄オシが半端ないじゃないですか。ちょっとブームの仕掛人が誰か知らないのですが、電通?まぁどんなもんかつって一冊読んでみますよね。そしたら僕30歳男なんですが、オヤジのこと好きにさせられちまった。

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※本屋に行くと角栄本だらけ。

 

田中角栄(1918年 - 1993年)とは

今更僕がここでまとめるまでもないことは重々承知の上で、自身の備忘録も踏まえて詳細に書こうと思ったのですが、色々面倒になってきたので箇条書きで失礼します。

 

・新潟の貧乏農家の長男として生まれる、高等小学校卒から総理大臣へ。今太閤。

・政治家の前は土建屋。一級建築士でもある。

・六法全書が全部頭に入っているくらい勉強家。そして基本暗記。 

・一人ひとりの議員の名前、入省年度、家族構成まで全部記憶。

・政界入り後は33件の法律を議員立法で成立。ダントツトップで今でも越えられない壁。

・「日本列島改造論」で全国の高速道路網を整備。

・テレビ局と新聞社を整備。キー局系列の基礎を作った。

・首相就任3ヶ月で誰もなしえなかった日中国交正常化に成功。

・立花隆による文春砲で失脚。

・ロッキード事件で5億円の賄賂で逮捕。懲役4年の実刑判決。

・闇将軍として逮捕後も二重権力状態を続ける。

・東京拘置所収監時にアイス買えるようにしたり、布団の持ち込みOKにしたり・・

・娘の眞紀子は強烈だったな。

・ちなみに総理期間は2年半くらい。嘘だろ短すぎだろ・・

 

一応書いたけど十分の一くらいしか書けてない。

そう言えば前なんかのTV番組で、目白の角栄邸から3回曲がるだけで新潟の角栄の自宅に着くという話を検証した企画があって、車走らせて本当に3回曲がっただけで着いたもんだから笑いました。利権ってやべーな。

 

グッとくる角栄のぶっ飛びエピソード

存命時の角栄は敵も味方も虜にする魅力があり、番記者でさえ「オヤジ」と呼んで慕っていたというのだからスゴいことですよね。もちろん権力のために帝愛グループかってくらい裏金をめちゃくちゃに使って、鉄骨渡りかってくらい危ない橋を渡ってきている訳で、晩年はフルボッコになるのですが、それでも男としての気風の良さと迫力、そして根底に流れる熱い人情に皆イチコロでした。細かい政治的な話は抜きにして、僕がグッときたエピソードを紹介します。

 

カネを頭下げて渡すとか

カネをもらう方が後ろめたさを感じるという心理を熟知していた角栄は、その渡し方に芸術レベルのこだわり方をしました。後に金権政治として問題になるのですが、とにかくカネをばら撒く。旅先では相手が用意した運転手、旅館の女中、下足番に至るまで新札の心づけを忘れなかった。そしてカネを渡すときは、必ず角栄が見ていないところで秘書に素早く渡させていて、腰が低い。「カネは相手に頭を下げて渡せ。少しでもくれてやるといった態度があれば、そのカネは死にガネになる」という考えに基づいたその所作はもはや気遣いを超越した芸術だったといいます。また、資金繰りに窮した議員がカネを無心した場合は必ず想定を超える額を渡すという豪快さ。こうして多くの議員が忠誠を誓うようになっていったのですね。土建屋の感覚だ、という批判もありました。

 

3つの家庭を持つとかどんだけだよ

 角栄の正妻(と言っていいのか?)は8つ年上のはな夫人でしたが、他にも神楽坂の第二夫人、秘書として雇った第三夫人と、3つの家庭の面倒を最後まで見ていました。はな夫人はファーストレディに関わらずほとんど表には出ず、別宅を持つことを許容していて、ちょっと現代にはいないタイプでしょう。偉い人だったんですね・・戦前に小さな土建屋の若社長だと思って結婚した高等小学校卒の男が、一国の総理になるなんてことありますか。で、すごく印象的なのが角栄の次の言葉。

「男は飲ませて握らせればすぐ転ぶから信用できない。女はこれと決めれば山の如しで変わらない。候補者の周りに女が群がれば間違いなく勝つ」

女は損得勘定ではなく人間性を見る、という角栄らしい言葉です。ちなみに艶福家(えんぷくか)とは女にモテる男のことを言いますが、「艶福家」で検索すると桝添さんの記事がワンサカ出てきて笑いました。

 

伝説とされるスピーチは納得のヤバさ

これは角栄が43歳の若さで大蔵大臣に就任した時に、並み居る官僚の前で演説したもので、角栄のエピソードの中でも有名で伝説とされています。例に漏れず、僕も上司にこんなこと言われたら鳥肌が立つと思う。そのスピーチが以下です。

「私が田中角栄だ。小学校高等科卒業である。諸君は日本中の秀才代表であり、財政金融の専門家ぞろいだ。私は素人だが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきて、いささか仕事のコツを知っている。一緒に仕事をするには互いによく知り合うことが大切だ。われと思わん者は誰でも遠慮なく大臣室に来てほしい。何でも言ってくれ。上司の許可を得る必要はない。できることはやる。できないことはやらない。しかし全ての責任はこの田中角栄が背負う。以上!

これを聞いて、斜に構えていた官僚も一発で虜になってしまったといいます。

 

結論を始めに言え、ね。わかる。えっ理由も3つにまとめろ・・だと?

とにかく仕事が速く、「できることはやる。できないことはやらない」が信条。やると判断したら速攻で電話をかけて即実行。なので長々と説明されることを嫌い、結論を始めに報告するように徹底していました。面白いのが、理由も3つにまとめるというルールがあり、世の中に3つで説明できないことはないという。

そして、仕事の速さに加え、一度あった人の顔と名前は忘れない、算術が全く狂わないといった異常な頭の回転には理由があり、持病のバセドー病に関係しているという話があります。バセドー病はホルモンのバランスが崩れる病気で、新陳代謝が増進し異常な汗っかきになります。さらに普通の人の何倍も頭が回る状態に否応なくなってしまう作用があって、その代わりに落ち着かない。常に仕事を捌くことが最高の精神安定剤だったとのことです。

 

人のことをちゃんと考える本物の政治家だったのかな

金権政治の権化と揶揄される角栄でも、賄賂をもらってもそれは私腹を肥やす目的じゃないことが分かるような気がします。とんでもないキレ者だったけど、葬式には一番に駆けつけるような人情があって、決して花を枯らさない。そんな行動は打算じゃないことが分かります。あらゆる人にそうしているわけですから。以下のコメントに全てが含まれてるように思います。

人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ。」

 

まとめ

バブル経済の元凶を作ったとか、色々功罪はありますが、ロッキード事件で角栄を追い込む検事ですら、国益を損ねるのでは?という疑問を持ったといいます。そして、コンピュータ付きブルドーザーと渾名される程の頭脳と行動力があって、カラッとしていて竹を割ったような性格で最後まで皆に愛された角栄。能力は無理でも、その人柄や気風の良さに少しでも近づきたいと密かに思っています。よっしゃよっしゃよっしゃ。

 

文庫版で手軽だったので以下の本を参考文献にしました。さらっと読めて良かった。けど個人的にはYoutubeで見れるドキュメンタリーもオススメ。