後輩の結婚式があった。その後輩は同期同士の社内恋愛を成就させ、とても幸せそうな結婚式を執り行っていた。あまり二人と話す時間がなかったので雑文ながらここに祝辞を述べさせていただくことにする。
思えば新郎とはそれなりに長い付き合いになっている。僕が社会人二年目の時に当時の内定者懇親会に参加した時新郎はまだ学生だった。神保町の色水のような酒と油の悪い不衛生な料理を出す居酒屋で隣になった外語大出身の彼は海外営業部だった僕に目を輝かせてこう尋ねた。
「スペイン語が堪能なんですけど、スペイン関係の仕事ありますか?」
もちろんウチの会社にスペイン関係の仕事など無く、中長期的に見てもそのようなラテンくさい仕事ができる見込みもなかったが、内定者の夢を壊すことは望むところではないため、
「今はスペインの仕事はないけど、今後の君次第でいくらでも可能性は広がっているよ」
と答えたところ彼は希望に満ち溢れた瞳で頷いたのだった。罪悪感は感じなかった。
そんな新郎とは会社の社員寮で一緒になり、事あるごとに同じ時を過ごすこととなった。彼は竹田恒泰にビジュアルが酷似していたことから、方々で玄孫(やしゃご)と呼ばれていた。牧野ステテコがテレビに出た際には「ワイが出てます」と報告してくるくらいに三枚目キャラだった彼には好感が持てた。社員寮では恋愛経験のなさを隠すこともなくオープンにする彼は逆に男の中の男だと讃えられていたのだった。
彼の独特の感性は異彩を放っていた。
彼は地図オタクで電車オタクだった。東京の地形図を眺めて一晩酒が飲めると豪語する彼は境界が好きだったことから葛飾区と足立区の境にも一緒に行った。
電車オタクとして毎日乗り降りする電車の駅をスマホのメモ帳に書き留めておくという謎の統計DBを作成することを日課にしていた。
地図オタらしくポケモンGOにもハマっており、ベロリンガがいるらしいということで仕事帰りに北千住まで一緒に足を運び、ポッポとズバットしか出なかった夜は肩を落とす僕のために全ポケモンの鳴き声をモノマネするという特技でもって慰めてくれた。ディルッドゥ!ディルッドゥ!と発する彼の高音域の鳴き声は月夜に悲しきラプソディとなってこだました。
そんな彼は、しばしば独特の言葉のセンスで僕らを魅了した。海外営業部でありながらTOEICが425点をマークした僕が落胆していた時、彼は下記の短歌を贈ってくれた。
悲観する ほどのことかと 問う一句
これにはぐうの音も出なかったが僕も負けじとこう返歌した。二人キャッキャ言いながら笑い合った。
山勘で 埋めたマークに BACAにされ
試験官は BBAばかりだ
そんな不毛な日々を繰り返し、千の位にカンマ入れるくらいには大人になったアラサーのあの日、いつものように彼を昼飯に誘いくだを巻いていたところ、おもむろに彼は切り出したのだった。
「実は結婚することになります」
僕は思わず聞き返した。
「ファッ!?誰と!?」
ああああのやしゃごが誰と!?という疑問がルルドの泉のように湧き起こり、勿体ぶる彼から聞くところによると相手は僕もよく知る同期の子で、3年ほどずっと隠していたとのことだった。僕は全く気づかなかったし、周りの人も誰も知らなかったのだ。というかあまりにも女っ気がない普段の彼のそぶりから、もうそっち系の話は触れないでおこうと考えていた矢先のことだった。
相手の子は、二十歳まで両親にクリスマスプレゼントを貰うほどに愛情を一身に浴びて育った、女子大出身のとてもかわいい子だった。お婆ちゃんのために温泉を掘ってあげることを夢にしている心優しい彼女の、最後の両親からのクリスマスプレゼントはどうぶつの森だったと教えてくれた。
とても衝撃だったが、彼によると結婚報告をした時の人の反応は2つに別れるという。1つは僕みたいな「ファッ!?誰と!?」というパターン。もう一つは「マジで!?おめでとう!」と、先にお祝いの言葉が来るパターンだ。彼は、まず祝辞を述べる後者の人に一定の評価を置いているという話を聞いて僕は反省した。
話を聞くと、先日沖縄旅行にお忍びで二人で行った際にプロポーズしたとのことだった。そして沖縄にしか出没しないポケモンを取ってしまったばかりに、ポケモン図鑑を誰にも見せられなくなったとのことだった。同時に、彼の乗降駅を記した統計DBも彼女の家の最寄駅が大半を占め、人に見せられる状態ではなくなっていた。彼はずっとピエロを演じ続けながら愛を育んでいたのだった。
結婚式二次会では、新婦の友人がスピーチをしたが、付き合っていることを隠さなければならなかった関係から新郎は新婦友人達に舎人(とねり)と呼ばれているようだった。舎人とは、電車オタクの彼を指すところの隠語で、東京の非リア線であるところの日暮里舎人ライナーから来ているのだった。
新婦友人が「舎人脱線すんなよ!」と激励の言葉を贈ったところ、「舎人ライナーは脱線しないように出来てますので」と返した彼の切り返しは流石という他ない。なおこのスピーチの時、「えっ、舎人君じゃなかったんだ…」と漏らした隣の女子がいたことはここだけの秘密である。
かくして結婚することになった二人が並ぶととても幸せそうだった。会社では見られない顔がそこにあったのだ。なんともめでたい。帰り際、僕らがギャグで贈ったイエスノー枕は完全にスベっていたけれど、幸せなカラ笑いがそこにあった。これからも、二人仲良く暖かい家庭を築いていくのだろうと確信に近い想いが溢れた。
まだ見ぬ旅路へ向け二人の電車がようやく走り出しました。末長くお幸せに。
二人の門出を祝して、拙いながらお祝いの言葉に替えさせていただきます。